見た目で人を判断する

学力以外の独自の基準で一部受験生の不合格を決めていた神奈川の高校。
校長の更迭が決まったそうです。(関連記事・47NEWS

本当にこれでいいんですか?
中退者や問題生徒を減らした実績があるのに?
なによりやる気のある校長だったってことでしょう。
問題点があったというなら、それを正して続けてもらうべきなのでは?

マスコミがそろって「見た目で判断していた」と言っているのには、世論を誘導したい意思を感じずにいられません。
そもそも「見た目で人を判断するな」と言われるのは、持って生まれた美醜の問題や、「ボロを着てても心は錦」かもしれないということでしょう。
ルックスの善し悪しなら、その人の内面にかかわりない。

でもたとえばフォーマルな場にチャラチャラした派手な格好で現れる人間がいたら、それは誰の目にも「空気が読めない人間」であるはずです。
チャラついた意識や配慮のなさが格好に表れているに過ぎないからです。
言いかえるなら、これは「見た目が悪い」のではなく、「だらしない」のです。
これを見た目で判断するとは言いません。

学校に茶髪やピアスで来るというのだって、そういうことです。
そして高校は義務教育ではありません。
学校には社会生活の訓練の場としての側面もありますから、そのルールが守れないなら行くべきではない。
大学進学の足場として高校進学したいなら、大検だってあるんですから。

それにしても引っ掛かるのが、YOMIURI ONLINEのこの記事の最後にある、教育評論家氏の言葉です。

パッと聞いた限りでは、なんとも耳触りのいい話ですね。
確かに、間違いや失敗を犯す可能性は誰にでもあります。
そこから立ち直るためのシステムは当然あるべきだと私も思います。
でもそれを高校でやれというのは寝言でしかない。
この問題に限って言えば、各家庭での躾レベルの話ですよ。

繰り返しますが、高校は義務教育じゃないんです。
それで迷惑をこうむる他の多くの生徒たちや近隣住民への配慮がすっぽり抜け落ちてる意見が、こうやってもっともらしく報道される。
ほんと、おかしな事件だと思います。
[PR]

by keibi-in | 2008-10-30 06:51 | 雑感  

<< ライオン 本質を見るということ >>